オーラルヒストリーと○○学

さてこの前の一冊は歴史学とオーラルヒストリー、この本は社会学とオーラルヒストリーについての一冊。

聞き手と話者の間には話を聞く時点で何らかの関係性が生じている、そこにどう向き合うか、ということに関して社会学の立場の方のアプローチ法が書かれた一冊かなと。

関係性を分析すると同時に、語られたことに対して疑義を聞き手が持ったとしたらそれについても分析をしていく…。聞き取り自体の分析、そして応用を議論する前段階として、丁寧なアプローチを採ることの必要性を提示した本だったかな…。

丁寧な書きっぷりなんですが、私の読解力が足りないばっかしにここで読後のメモを書いていても「~だ」「~である」と言い切れないのがなんですな。

二度、三度と読んでいくのもいいのですが…この本に関してのインタビュー記事が理解の手助けになりました。

『記憶を語る,歴史を書く』刊行記念:「オーラルヒストリーの入口で」
https://note.com/yuhikaku_nibu/n/n30accb226e24

著者の他の書籍、関連書を読んでから、もう一度読み返すのがいいかな、というのが今の感触です。

あと敢えて強引に自分の置かれた現状に引き寄せて、感想を書くと…。

私も聞き取りをしようと思っているところですが、そこでの人間関係がもう10年ちょい続いています。

例えば、地理の調査なんかで聞き取り票を持って、お話を聞かせてもらうとき、そこの地域の方に依頼文書は出ているけど、挨拶をしてイチから聞き取りをはじめていきます。
その時は良い意味でも悪い意味でも「イチから」です。

初対面の方に聞き取りをする、前提となる知識が無い恐れもありますが、思い込みがないという良さも…あり、人間関係における「変数」が少ない状況であることが多いです。

ただ、それじゃ聞けない話もあります。信頼関係を築いていってうかがえる話なんてのもある。
でもそこでは聞き手の方との人間関係が複雑化し「変数」が多くなってきます。

聞き取る話によっては、その「変数」の処理を考えないといけなくなってくる、と私は考えます。
主観、間主観、客観性、なんて概念をいじくったり、文献で歴史を扱うことになれていると、この「変数」の存在自体で資料価値を疑ってしまいがちです。

でも、なんとかせにゃ進めないのでありまして。
自分はその「変数」への対処法として如何なる策を採るか。
いま、聞き取りをしようとしている中での課題です。

これまでの自身の研究の段階は基礎文献の分析といえば聞こえはいいですが、この「変数」への対処という課題からは正直逃げていました。
歴史的公文書(行政文書)はある程度、抵抗感なく捌けるようになってきたので、いい加減、この人を対象とする研究の課題にも取り組まなくちゃと思うこの頃です。

その一つの接し方が、この本には示されていたかな、という印象を持ちました。

さてはて精進を続けます。

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